

方法より先に、観察を
子育てにおいても、生徒指導においても、 まず最初に見るべきなのは「方法」ではなく、目の前にいるその子自身だ。 私は、育児書や指導書は「子どもをよく観察したあと」に読むものだと思っている。 多くの育児書や指導書には、「こうすれば、こうなる」という道筋が丁寧に書かれている。 けれどそれは、あくまで“一般論”であり、読み手が安心するための地図のようなものでもある。 それを先に読み、その通りに進まなかった時、 「うちの子がおかしいのかもしれない」 「これをしなかったから、この子はこうなったのかもしれない」 そんなふうに、自分や子どもを責めてしまう親や講師を、私はたくさん見てきた。 本当に大切なのは、 「その子にとって、今それは必要なことなのか?」 を、丁寧に見極めることだ。 子どもによって、成長のタイミングも、学び方もまったく違う。 音楽は、本来その“違い”や“自由さ”を認めてくれる世界のはずである。 それなのに現場では、 「何回教えても音が読めない」 「練習してこない」 「もう〇年やっているのに、これを理解していない」 と悩む親や講師の声が後を絶たない
東 由香梨
1月3日


私の教育、これで合ってるのかな?
「私の教育、これで合ってるのかな?」 子育て・レッスンでふと湧く不安との向き合い方 子育てやレッスンをしていると、 ふと 「私の関わり方ってこれでいいのかな?」 と立ち止まる瞬間はありませんか? 周りの子と比べて 「うちの子は少し遅れている気がする…」 「もっとできるようにしてあげた方がいいのかな…」 そんなふうに考えてしまうことは、きっと誰にでもあります。 たとえ考えたところで何が変わるわけでもないと分かっていても、 心はどうしても比べてしまうものですよね。 冷静に、客観的に子どもを見てみると…? でも、その考えを一度全部取っ払って、 ものすごく客観的に子どもを見てみる と、 実はそこまで大事なことではないと気づく場面が多いんです。 たとえば—— とてもやんちゃな子を、 「厳しい環境」に置いたら一時的にお行儀よくなるかもしれません。 でもその姿は、その子が“その子らしく”いられている姿でしょうか? 私はそうは思いません。 子どもが子どもらしくいられる瞬間 大人が扱いやすい時ほど、 実はその子らしさが抑えられている時かもしれません。 むしろ、
東 由香梨
2025年11月23日


子どものうちに「夢中になれること」を決められるのか?
子どものうちに「夢中になれること」を決められるのか? 「やると決めたんだから、やりなさい」 「どうせ、すぐやめるんでしょ」 つい、子どもに言ってしまいがちな言葉。 でも実は、その言葉って自分自身に向けているのかもしれない……と、ふと思うことがあります。 ⸻ ■ 私が音楽を続けてこられた理由 私はずっと音楽を続けてきました。 でも、子どもの頃の私は「強い意志」で続けたわけではありません。 やらないと怒られるし、かといって夢中で燃えるタイプでもない。 ただ、音楽は嫌いじゃなかったし、なによりピアノの先生が大好きだった。 (練習はほとんどしてなかったのに…笑) 今振り返ると、続けてこられたのは 私の意志の強さではなく、周りのアシスト でした。 モチベーションが下がった時はコンサートに連れて行ってもらって憧れがよみがえったり、 好きな曲を弾かせてもらえたり、 新しい楽器にワクワクしたり。 「楽しい」と思えるタイミングを周りが与えてくれたから、続けられたんだと思います。 もしあの時、 「やりなさい」「自分でやるって決めたんでしょ」 と責められ続けていたら、
東 由香梨
2025年11月19日


「いい親でいたい」の正体
「いい親でいたい」の正体 ― 認知的不協和と子育ての選択 いい親でいたい。 そう思わずに子育てしている人なんて、きっといない。 でも、その「いい親」の理想像に近づくために、毎日たくさんの選択を迫られますよね。 たとえば── YouTubeは見せたくない と思っていたのに、疲れて今日は見せてしまった。 子どもが自分から楽器の練習に向かうようにしたい のに、「今やらないとレッスン間に合わない!」と声をかけてしまう。 理想と現実がぶつかる瞬間、ありますよね。 「完璧な選択をした」と思い込むことで心を守る 私は、選択に迷ったとき、あえて 「完璧な選択をした」と思い込む ようにしています。 心理学ではこれを 「認知的不協和の回避」 といいます。 人は、心の中で矛盾が生まれたとき、それを埋めようとする生き物。 認知的不協和の例 ケース① YouTubeは見せたくない vs 今日は疲れてるから見せて休みたい → 親が疲れている時、子どもに動画を見せるのは「悪」ではない。 必要な休息だったという選択だって、十分 完璧 。 ケース② 子どもの自主性
東 由香梨
2025年11月11日


「違い」を力に変える
「違い」を力に変える 〜画一的な教育から抜け出すために〜 今回のテーマは「違いを力に変える」です。 日本の教育は、長い間「同じようにできること」が良しとされてきました。 同じタイミングで同じ課題をこなし、同じ答えを導き出すこと。 それが「できる子」の証とされる風潮は、今もなお根強く残っているように感じます。 しかし、その結果どうなっているでしょうか。 「みんなと同じでなければ不安」「少し違うと浮いてしまう」そんな空気の中で、子どもたちは自分の“違い”を隠すようになっているのではないかと思います。 けれど、音楽の世界では違いこそが“個性”であり、“表現の原点”です。 少し独特なテンポの取り方も、柔らかい音色も、他の誰にも真似できない感性の証です。 それを「みんなと違うから直そう」と言ってしまったら、その子の一番の魅力を消してしまうことになります。 講師として感じるのは、 「違いを認める教育」こそが、子どもの可能性を最大限に引き出す鍵だということです。 そのために私たち教育者がすべきことは、「型にはめないこと」。 決められた枠からはみ出す勇気を持つこ
東 由香梨
2025年11月8日
