方法より先に、観察を
- 東 由香梨
- 1月3日
- 読了時間: 2分

子育てにおいても、生徒指導においても、
まず最初に見るべきなのは「方法」ではなく、目の前にいるその子自身だ。
私は、育児書や指導書は「子どもをよく観察したあと」に読むものだと思っている。
多くの育児書や指導書には、「こうすれば、こうなる」という道筋が丁寧に書かれている。
けれどそれは、あくまで“一般論”であり、読み手が安心するための地図のようなものでもある。
それを先に読み、その通りに進まなかった時、
「うちの子がおかしいのかもしれない」
「これをしなかったから、この子はこうなったのかもしれない」
そんなふうに、自分や子どもを責めてしまう親や講師を、私はたくさん見てきた。
本当に大切なのは、
「その子にとって、今それは必要なことなのか?」
を、丁寧に見極めることだ。
子どもによって、成長のタイミングも、学び方もまったく違う。
音楽は、本来その“違い”や“自由さ”を認めてくれる世界のはずである。
それなのに現場では、
「何回教えても音が読めない」
「練習してこない」
「もう〇年やっているのに、これを理解していない」
と悩む親や講師の声が後を絶たない。
私の生徒の中に、音楽を聴いた瞬間、スケッチブックに絵を描き、
その曲のタイトルを考え、なぜそう感じたのかを言葉にできる子がいる。
和音を聴いた瞬間に、
「これは赤ちゃんが生まれた時の音がする」
と、喜びを具体的なイメージで伝えてくれる子もいる。
それを“音”にしていくことこそが、音楽の楽しさだと私は思う。
指示された音を、間違いなく演奏するだけなら、
それはその子でなくてもいい。
楽譜に書かれた音から何を感じ取り、
それをどう音にするか。
そこにこそ、「その子だからできる演奏」が生まれる。
表現までもが技術点として評価されてしまうことに、
私はずっと違和感を抱いている。
子どもが何を感じ、何に興味を持ち、
どんな可能性を秘めているのか。
それは、どんな育児書や指導書にも書かれていない。
だからこそ、まずはその子をよく観察する。
そして「こんな方法もあるかもしれない」と、
選択肢を広げるための参考として本を読む。
そうすることで、
「〇〇ができていない」ではなく、
「この子にこうしてみたら、こうなった。じゃあ、次は?」
という新しい問いが生まれる。
その問いの先に、
今まで気づかなかった子どもの一面や、
思いもよらない可能性が、静かに顔を出すのだと思う。
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