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方法より先に、観察を



子育てにおいても、生徒指導においても、

まず最初に見るべきなのは「方法」ではなく、目の前にいるその子自身だ。


私は、育児書や指導書は「子どもをよく観察したあと」に読むものだと思っている。

多くの育児書や指導書には、「こうすれば、こうなる」という道筋が丁寧に書かれている。

けれどそれは、あくまで“一般論”であり、読み手が安心するための地図のようなものでもある。


それを先に読み、その通りに進まなかった時、

「うちの子がおかしいのかもしれない」

「これをしなかったから、この子はこうなったのかもしれない」

そんなふうに、自分や子どもを責めてしまう親や講師を、私はたくさん見てきた。


本当に大切なのは、

「その子にとって、今それは必要なことなのか?」

を、丁寧に見極めることだ。


子どもによって、成長のタイミングも、学び方もまったく違う。

音楽は、本来その“違い”や“自由さ”を認めてくれる世界のはずである。


それなのに現場では、

「何回教えても音が読めない」

「練習してこない」

「もう〇年やっているのに、これを理解していない」

と悩む親や講師の声が後を絶たない。


私の生徒の中に、音楽を聴いた瞬間、スケッチブックに絵を描き、

その曲のタイトルを考え、なぜそう感じたのかを言葉にできる子がいる。


和音を聴いた瞬間に、

「これは赤ちゃんが生まれた時の音がする」

と、喜びを具体的なイメージで伝えてくれる子もいる。


それを“音”にしていくことこそが、音楽の楽しさだと私は思う。


指示された音を、間違いなく演奏するだけなら、

それはその子でなくてもいい。


楽譜に書かれた音から何を感じ取り、

それをどう音にするか。

そこにこそ、「その子だからできる演奏」が生まれる。


表現までもが技術点として評価されてしまうことに、

私はずっと違和感を抱いている。


子どもが何を感じ、何に興味を持ち、

どんな可能性を秘めているのか。

それは、どんな育児書や指導書にも書かれていない。


だからこそ、まずはその子をよく観察する。

そして「こんな方法もあるかもしれない」と、

選択肢を広げるための参考として本を読む。


そうすることで、

「〇〇ができていない」ではなく、

「この子にこうしてみたら、こうなった。じゃあ、次は?」

という新しい問いが生まれる。


その問いの先に、

今まで気づかなかった子どもの一面や、

思いもよらない可能性が、静かに顔を出すのだと思う。



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